「正座ができないんです」
訪問先で、そう相談されることがあります。
正座をする機会は、以前より少なくなりました。
それでも、正座をしたい理由がある方はいます。
- 法事で家族と同じように座っていたい
- お客さんを迎えるときに正座しておきたい
- 和室での集まりに参加したい
- 床で孫と一緒に過ごしたい
正座が必要かどうかは、医療者が決めることではありません。
その人の生活に正座が必要なら、正座は取り戻す価値のある大切な動作です。
そして、正座ができない原因を膝だけに求めてはいけません。
正座は、足首・膝・股関節・骨盤・背骨が一つにつながって完成する全身動作だからです。
▪️正座は膝だけで行う動作ではありません
正座ができないと聞くと、多くの方が「膝が硬いから」と考えます。
しかし実際には、仰向けでは膝を十分に曲げられるのに、正座になるとお尻を踵まで下ろせない方がいます。
仰向けでは曲がる膝が、正座になると曲がらない。
この状態は、膝の硬さだけでは説明できません。
足首が伸びない。
股関節を深く曲げられない。
骨盤を起こせない。
背骨を伸ばして上体を支えられない。
こうした膝以外の問題によって、正座という一つの動作が止められています。
正座ができない人に必要なのは、膝をさらに曲げることではありません。
正座を止めている場所を、全身から見つけることです。
▪️正座に必要な4つの体の機能
正座に必要な機能は、大きく4つに分けられます。
- 足首を伸ばせること
- 膝を深く曲げられること
- 股関節を深く曲げられること
- 骨盤を起こし、その上に背骨を立てられること
専門的には、足首を伸ばす動きを「足関節の底屈」といいます。
正座では、足の甲を床へ向け、膝と股関節を深く曲げます。そのうえで、後ろへ倒れやすい骨盤を起こし、背骨を上へ伸ばす必要があります。
この4つのうち、一つでも十分に働かなければ、正座は崩れます。
そのため私は、最初から正座だけを繰り返してもらうのではなく、4つの機能を一つずつ分けて確認します。
▪️まず仰向けで膝と股関節を確認します
最初に仰向けになってもらい、片方の膝を胸の方向へ抱えてもらいます。
ここでは、次の点を確認します。
- 股関節を深く曲げられるか
- 膝を十分に曲げられるか
- 左右で曲がり方が違わないか
- 膝や太ももに痛みや突っ張りが出ないか
仰向けで評価する理由は、姿勢を支える負担を減らし、膝と股関節の動きを分けて確認しやすくするためです。
ここで膝が十分に曲がるなら、その膝は曲がる能力を持っています。
それでも正座ができない場合、次に見るべき場所は、足首・股関節・骨盤・背骨です。
「膝が曲がらない」という本人の感覚と、実際に膝が持っている機能は、必ずしも一致しません。
▪️次に足首を伸ばせるか確認します
正座では、足の甲を床につけるために足首を伸ばす必要があります。
足首が十分に伸びなければ、足の甲を床につけられません。その結果、お尻を踵まで下ろせなくなります。
お尻が高い位置に残ると、重心は前後に不安定になります。体は倒れないように背中を丸め、手や太ももで支え始めます。
つまり、正座で背中が丸くなっている人でも、最初の問題が足首にあることがあります。
確認するのは、次の点です。
- 足の甲を床へ向けられるか
- 左右で足首の伸び方が違わないか
- 足首の前側や足の甲に痛みがないか
- 足先が外へ逃げていないか
足首が伸びないまま正座を繰り返しても、骨盤や背骨まで整いません。
▪️骨盤を起こすとは、腰を反らすことではありません
正座で上体を起こそうとして、腰を強く反っている方がいます。
しかし、腰だけを反っても骨盤が起きたことにはなりません。
骨盤を起こすとは、後ろへ倒れた骨盤を中間の位置まで戻し、その上に腰椎・胸椎・頭を積み上げることです。
自然に骨盤が起きた状態では、腰だけに力を入れなくても、上半身が上へ伸びます。
一方、上部の背骨が丸まったまま骨盤だけを起こそうとすると、腰椎を強く反る代償が起こります。
見た目は「姿勢が良くなった」ようでも、実際には腰へ負担を移しただけです。
正座で必要なのは、腰を反る力ではありません。骨盤から胸までを連動して起こす機能です。
▪️骨盤を保ったまま腿を上げられるか
骨盤を起こす機能を確認するときは、椅子に座った姿勢も使います。
椅子に座り、骨盤を起こしたまま片方の腿を少し持ち上げてもらいます。
このときに、
- 骨盤が後ろへ倒れる
- 背中が丸くなる
- 上体が後ろへ逃げる
- 左右で安定性が大きく違う
という反応が出る場合、股関節を曲げる筋肉が骨盤を支えられていません。
この状態で「姿勢を良くしてください」と伝えても、本人は腰や背中を固めるしかありません。
必要なのは姿勢への意識ではなく、骨盤をその位置で支えられる体の機能です。
▪️最後に実際の正座を確認します
それぞれの機能を確認したあと、椅子や安定した台につかまってもらい、実際に正座をしてもらいます。
最初からお尻を踵まで下ろす必要はありません。
安全に戻れる状態をつくり、どこまでお尻を下ろせるかを確認します。
このとき、正座の深さだけを見てはいけません。
- お尻と踵の距離
- 左右どちらかへ逃げていないか
- 足先や膝が外へ開いていないか
- 骨盤が後ろへ倒れていないか
- 背中が丸くなっていないか
- 手に強く力を入れていないか
そして、本人にも必ず確認します。
「どこが一番突っ張りますか?」
「どこに痛みがありますか?」
「どの位置から怖くなりますか?」
見た目の評価と本人の感覚を合わせることで、どこへ働きかけるべきかが見えてきます。
▪️足首が伸びない場合の考え方
足首を伸ばせない場合は、痛みのない姿勢をつくり、重力と時間を使って足首の前側を緩めていきます。
私は、うつ伏せで足首を伸ばした状態をつくり、無理のない範囲で5〜8分ほど保つ方法を使います。
強く何度も押し込むのではありません。
体が力を抜ける位置で、ゆっくり時間をかけます。
その後、足首をもう一度動かし、正座を再評価します。
足の甲が床へ近づき、お尻が下がりやすくなれば、足首への働きかけが必要だったと判断できます。
▪️仰向けでは膝が曲がるのに、正座では曲がらない場合
この場合、膝をさらに曲げる体操を続ける必要はありません。
仰向けで膝が曲がっているなら、膝には曲がる機能があります。
それでも正座ができないのは、股関節を深く曲げる機能や、骨盤・上半身を支える機能が動作につながっていないからです。
立ち座りを考えると分かりやすいと思います。
股関節を曲げると、膝も一緒に曲がります。
股関節を伸ばすと、膝も一緒に伸びます。
体重を支える動作の中で、膝と股関節は別々に働きません。
仰向けでは曲がる膝が正座で曲がらないなら、膝から離れて股関節と骨盤を見ます。
▪️股関節が曲がらない場合の考え方
股関節を深く曲げられない場合は、膝と股関節が一緒に曲がる動きを取り戻します。
私は、仰向けで壁に両脚を上げ、足を壁につけたまま踵をゆっくり下へ滑らせる運動を使います。
踵が下がると、膝と股関節が一緒に曲がります。
そして、ゆっくり元の位置へ戻します。
徒手で無理に押し込むのではなく、重力を使いながら本人の力で繰り返します。
一度だけ深く曲げてもらうことが目的ではありません。
本人が自分の力で、同じ軌道を何度も通れるようになることが目的です。
正座は、誰かに形を作ってもらう姿勢ではありません。
自分で股関節を曲げ、自分で骨盤を支え、自分で上体を起こす動作です。
▪️骨盤が起きない場合の考え方
骨盤が起きない場合、いきなり骨盤だけを前へ倒そうとはしません。
まず、上部の背骨を伸ばす動きを促します。
次に腰椎と骨盤の動きを確認します。
最後に、骨盤・腰椎・胸椎が一つの流れとして動ける状態をつくります。
順番は、次のようになります。
- 上部胸椎を伸ばす
- 腰椎と骨盤を動かす
- 四つ這いで背骨全体の曲げ伸ばしを行う
- 骨盤を起こしたまま腿を上げる
- 正座で上体を起こせるか再評価する
胸椎が動いても骨盤が後ろへ倒れる場合は、股関節を曲げる筋肉へ刺激を入れます。
運動後に骨盤が起きるなら、「姿勢を意識できなかった」のではありません。
骨盤を支えるために必要な機能が、十分に使えていなかったということです。
▪️運動後の変化が、体の答えになります
足首、股関節、骨盤、背骨へ働きかけたあとは、必ずもう一度正座を確認します。
見るのは、次の変化です。
- お尻が以前より下がったか
- お尻と踵の距離が縮まったか
- 突っ張る場所が変わったか
- 足先や膝の向きが整ったか
- 骨盤を起こしやすくなったか
- 背中を力まず伸ばせるようになったか
- 本人が「楽になった」と感じるか
変化が出たなら、その運動は今の体に必要な刺激だったと判断できます。
変化がなければ、同じことを続けるのではなく、別の場所を評価します。
別の仮説を立て、違う運動を行い、もう一度正座を確認します。
体操は、ただ続けるためのものではありません。
自分の体に必要な動きを見つけるための確認方法でもあります。
▪️実際に確認できた変化
ある方は、仰向けでは両膝を比較的よく曲げられました。
しかし正座では、お尻を十分に下ろせず、右足首の動きにくさと下腿の突っ張りがありました。さらに、上体を起こそうとすると背中が丸まりました。
足首・股関節・骨盤・体幹を分けて動かしたあと、しゃがみ込みが深くなり、正座に近い位置までお尻を下ろせるようになりました。
本人からも「突っ張りが減った」という言葉が聞かれました。
最後に残ったのは、膝の曲がりではありません。
骨盤の上で、背骨を伸ばして上体を起こす動きでした。
この変化によって、正座を止めていた問題が膝だけではなかったことが確認できました。
▪️正座を無理に進めてはいけない場合
正座は、誰にでも無理に行わせてよい動作ではありません。
次のような状態がある場合は、深く曲げる前に医療機関や専門家による確認が必要です。
- 膝に強い腫れや熱感がある
- 鋭い痛みが出る
- 膝が引っかかる、ロックする
- 急な痛みや外傷の直後である
- 手術後で深い膝曲げを制限されている
- 正座後に痛みや腫れが強く残る
痛みを我慢してお尻を押し下げることは、改善ではありません。
安全に動ける範囲を確認しながら、今の体に必要な機能を一つずつ取り戻します。
▪️正座の先にある生活を見る
正座ができること自体が、最終的な目的ではありません。
法事へ参加したい。
お客さんを迎えたい。
和室で家族と過ごしたい。
その人が、正座をして何をしたいのか。
そこに本当の目的があります。
正座を「膝の可動域」だけで終わらせず、その人が取り戻したい生活まで見る。
私は、作業療法士としてその視点を大切にしています。
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画面越しに姿勢を見ながら、痛みと体のつながりを一緒に確認します。
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「正座はもう無理」と諦める前に、一度だけ。
膝だけでなく、正座を止めている体全体を一緒に確認します。





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